怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

至福

新潮社 2600円

イアン・マキューアン「贖罪」読了。
ブッカー賞最終候補という微妙な帯に期待半分で読みはじめたが、読み終わればなぜ受賞しなかったのかが不思議でならなくなった。
「罪と宥し/贖罪」というよくあるテーマではあるが、古典文学によくあるキリスト教をモチーフにしたものとは全く違う。現代日本人にとっても馴染み深い、自意識の葛藤なのだ。
自意識と他者との狭間で起こる波、自意識の中の他者と実在の他者とのずれ。現代人、特にこういった小説を好んで読む人間には身近な題材だ。
早熟な13歳には自意識は世界よりも少し大きい。しかし13才の少女には、自意識がすこし大きすぎることがまだわからない。実在の他者はブラウニーが割り当てる人物像を超えていて、賢いからこそそれにも気付くのにしかしわずかに遅すぎるのだ。
おそらく主人公ブラウニーの意識の流れは作者自身の回想をもとにしているのだろう。読者の側も同じ回想はあるのだが、恐ろしいのは数十年前の自意識をこれでもかと丁寧に再現してみせるその筆致だ。読み進むたびに自分の痛ましさが蘇ってくる、その圧倒的なリアルさだ。

まぎれもなく傑作。