怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

休み。これまでは休みは帰省と旅行につかっていたが、これからはこういう使い方もしていきたい。生きてるんだから。

前から計画していたとおり、ゆっくり目に天王寺へ。ふだんは駅からいそいそ目的地に向かうことが多い僕だが、今日は平日休みということでのんびり気分。とてもいい。天気も良くて暑いくらいだ。

天王寺公園のてんしばとかいうのを横目に大阪市立美術館へ向かう。初めて来た時代は、ここは路上カラオケ真っ盛りで日本にこんなところがあるのか、自分はなんて世間知らずだったのかと驚いたものだが、こんなものは日本中でここにしかなかった。日本の一般感情からすると、こんなものは潰して当然なのかもしれないが、昭和の奇観として残すべきものだったように思う。いいじゃん、迷惑なものがあっても。迷惑なはみ出し者を消して世界はクリーンになってゆく。つまらない。

大阪市立美術館に到着。平日の午前中とはいえ、なんの列もなくスッと中に入れる。東京ではありえないだろうな。フェルメールの作品は1点少ないと聞いているが、それくらいなら是非大阪で見たほうがいいだろう。押し合いへし合いベルトコンベアで見る絵ほどつまらないものはない。

フェルメールは最後の展示室にまとめられているようで、それまでは同時代のフランドル絵画が並んでいる。ほとんどはアムステルダム国立美術館からの借りもので、質は正直低い。空間を埋めるためだけに絵を置いてるのだろうから、こんなもので充分なのかもしれないが、そうはいってもこれは。もちろん、中に数点は見るべきものも混ぜてはいるのだが、こういう企画展ってこういうものなのかね。あまり来ないからちょっとがっかりだ。

フェルメール6点はかなりの余裕をもって並べられていて、お客さんも少なくはないが近寄ったり遠くから見たりは自由にできる。そうでなくっちゃ。

とはいえ、実はフェルメール大好きってわけでもないのでそこはそれなりに。わりとあっさり見終わってしまった。

グッズは大充実だけどそれも素通り。特設じゃないほうのショップに前回展かなにかのグッズの残りが割安で売られてたが、あまり気付かれてないようなのは気の毒。

この大阪市立美術館、前回はいつだっけ20年ぶりかくらいに久しぶりだけど、古式ゆかしい美術館でそれもよかった。

新世界を経由し、ガード下の串焼き屋に行ってみたが営業時間前のようだったし、地域としてもちょっとハードル高いとこなので、何度も行ってるたつ屋でホルモン鍋。休日夕方は大行列だった記憶があるが、平日昼はガラガラで拍子抜けした。外国人には知られてないのかな。それとも暑い日だったからか。

まあでものんびり鍋とビール。贅沢だな。

ハナウタでとうふドーナツも買って帰宅。贅沢だな。とうふドーナツ、妻は絶賛だったが僕はそうでもないかも。

夕方になり、国立国際美術館へ。夕方といってもまだまだ明るいが、どうせ中に入れば一緒だ。夜にボルタンスキーを見たいというのは、気分によるところが大きいのだが、でもこれは絶対の確信があった。

まずはコレクション展から。係員に特別展から見てくれと強くお勧めされ、一度見ているからその理由はもちろんわかるし、きちんと誘導していることにニヤリともするが、そんなことを話すのはめんどくさいのでこっちから見たいと押し切った。前回の残像を頭に展示を鑑賞。

その後ボルタンスキー「Lifetime」に入ってみると、案の定人は少ない。監視員の方が多いくらいだ。もう自由自在。好きなように回遊できる。そういう見方、感じ方が一番いい。そして、死の匂い・向こう側の世界を強烈に感じさせるボルタンスキーは、ゆったりした空間でこそ本当の価値が現れる。展示構成がひとつのインスタレーションである本展は、たぶん国立新美術館では違った作品として見ることができるのだろうが、きっと混雑していると考えると、見に行くべきかどうか。そしてボルタンスキーの本気は長崎でこそ見られるのだろうが、さすがに難しいなあ。