怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

命日でもないに

遅い時間に起床。
結局どうなるのかなと思ったが、高尾山に行くという。それでいいのか、無理してないかと思わないでもないが、それはそれで。
僕はあまり行く気はしなかったが、そういえば高尾山の近くに寺山修二の墓所があるので、途中まで一緒に行って別行動することにした。
電車で出かけて、ちょうど12時ごろに着いたのでまず高橋家でとろろそば。だしは濃いめで甘みが強い。これがざるそばだとつけるのがためらわれるほどになりそうだから、冬でよかったかもしれない。ざわざわした店だがお座敷だったので少しは落ち着けた。
ここでお別れしていざ高尾霊園へ。直線距離では近そうなのでタカをくくっていたら、見ると急斜面がそびえていて明らかに通れないし、回った道は実は高速道路だったりで踏んだり蹴ったり。高尾駅前から送迎バスが出ているのでそれに乗っかったが、バスがなければ全く無理だったようだ。
花も線香も持たないただの男が一人で送迎バスに乗っているのは怪しいことこのうえないが、一応参拝には違いない。バスが霊園について、雑司ケ谷霊園のような案内図でもあるかと思ったらそんなものはなく、ネットで区画情報を頼りにうろうろするしかなさそう。区画も山を切り開いてるから仕方ないがとても分かりにくい。
それでもなんとか寺山修司墓所にたどり着いた。墓参といってもただ座って手を合わせるだけだ。縦書きに寺山のサインが刻まれた墓は美しく清められて新しい花が供えられている。ご夫人がきちんとしているのか、それとも有志がしたことなのかはわからない。少し前に置かれたらしい劇団のパンフレットも見苦しくない状態だったし、石で押さえられていたからきれいに見えた。門扉もなんだか寺山らしかった。うららな春の天気は天井桟敷の寺山という気候ではないが、それでも墓参できたのは今日の成果。
その近くには忌野清志郎墓所もあると知ってこちらも墓参。横書きの墓は故人のキャラクターを反映していて、豚の置物などもファンキー。供え物もたくさんで微笑ましいし、墓所内に腰掛石があるのも清志郎らしい。そして横には本名と生年月日、没年月日。キャラクターを前面に出しながら、実像も潜ませるところがまた素敵だな、と思った。
帰りもバスで駅へ。妻と姪はまだ登山が終わらないようなので歩いて高尾山口へ。少し待って合流。雪解け水でぬかるみが大変だったらしい。
一緒に有喜堂でみたらし団子を食べたが冷えて固くて不味かったな。正直なところ。帰宅後に食べた高尾饅頭はまずまずでしたけど。
電車でぐったり帰宅。
支度をして姪を見送り、夕食の買い物をして帰宅。あまりもてなせなかったが、それは次の機会に。