怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

解剖と変容展@兵庫県立美術館

寝不足だがわりとしゃっきりと目覚め、午前はビデオのDVD化。
お昼に昨日の残りごはんを焼き飯に。ご飯を温めるのを忘れてひどいことになったが、味はまずまずか。
兵庫県立美術館へ。王子公園から歩いたが、下り坂のせいか思ったほど遠くには感じない。前回は雨の中を三宮から歩いたのでどうもいい印象がないのだが、今回はなかなかいい感じだ。
1時に着いて「解剖と変容:プルニー&ゼマーンコヴァー チェコアール・ブリュットの巨匠」展を見る。アール・ブリュットは作品を観る前に作家略歴を知っておくと理解が深まる。ルボシュ・プルニーが解剖に強い関心があったことと偏執的な傾向があることを頭に入れつつ観賞。作品を見ると、プルニーの解剖への興味は医学的な面にはないことがわかる。彼は人間を器質的な存在としかみなしておらず、精神性は全く認めていない。彼にとって人間は眼窩や子宮や関節の集合体であり、血痕や痛覚こそが生きる証で、人生は生まれおちてからの日数でしかない。それがプルニーの人間観だ。写真で見る限りはごく普通のマッチョな男にすぎないプルニーだが、内実はかなり特異で徹底した個性の持ち主だ。作品はアール・ブリュットとしては珍しいくらいスタイリッシュで、特に両親の遺灰を使った作品などは現代美術という方がふさわしいようにさえ思えるが、彼の美術センスの奥底にあるものはまさしくアール・ブリュットだった。
一方のアンナ・ゼマーンコヴァーはごく普通の主婦が子供が巣立った後の手すさびに描いたというような略歴に思えるが、彼女の並みはずれた子煩悩さが彼女の本来の欲望を代替するものであったことに思い当たれば、作品を見るべき立ち位置は決まってくる。茫漠とした色合いで創造されるオブジェはまさに欲求の表象で、穏やかな笑顔の底にあるどす黒いエロスがむらむらと立ちあがってくる。
作品数は多くないのでゆっくり見ても1時間ほど。そこから映画「天空の赤」を観賞。有名作家の紹介とアール・ブリュットの歴史をドキュメント映像やインタビューを交えて紹介する作品で、作りが工夫されていて飽きさせない。とはいうものの、寝不足がたたって何度かくらっとなったけど。あと、作家紹介の部分が大きくて、作品の魅力そのものを伝える部分が少なかったのは残念でした。そこは作品を見るのが一番と言われたらそれまでだけど。abcdのバルバラ・シャファージョヴァーさんも出演していて、一昨年のメールを思い出し懐かしかった。なんとかリベンジしたいなぁ。
そのabcdからコレクションが少し出品されていて、これも見ごたえあり。もう少し多ければありがたかったのだが。
最後にプルニーとゼマーンコヴァーをもう一度見てコレクション展へ。小磯良平と金山平三はとばして「安井仲治の位置」展はなかなかよかったです。ただ、アール・ブリュットの後では強烈さによる疲れもあって正面から受け止められたとはいえない感じ。残念ながら。むしろコレクション展だけを見に行った方がよい。1Fは一応テーマは決まっているが、結局のところ雑多に展示している感はあり、だったらテーマなんて、と思う。所々によい作品はあり、荒川修作は初めてちょっといいなと思った。それから安藤忠雄コーナーは光の教会の模型があり、一度行ってみたかったけどこれでいいか、と。住吉の長屋も外観しか見たことがなかったのでちょうどよかった。
ショップは物は多いがいまひとつ。図録だけ買いました。
歩いて六甲へ。遠いけれども歩くのは苦にならないが、お目当てにしていた宇仁菅書店が開いてなかったのにはがっくり。6時回ってるから仕方ないか。
妻がバレンタインの代わりとかでケーキを買ってきたので食す。ヴィタメールは久しぶりで、口が奢ってきたのか昔食べたほどのおいしさは感じなかった。