怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

東京2日目

寝不足で起床、風呂、吉野家で朝食。450円で鮭だけって、考えたら結構高くないですか。頼んでいる人あまりいなかったのも納得。
寝不足のせいで頭がまわらず、乗り過ごしから始まって乗り換えでもたもた、今まで経験のないルートという事もあって東京都現代美術館到着は予定の30分後。余裕のないなか、これはひどすぎる。しかも美術館はピクサー展の煽りでチケット売り場が長蛇の列。30分といわれて目まいがした。普段から来ている美術好きは別レーンにしてくれないかな。まあ15分で買えたけど。
東京都現代美術館MOTアニュアル2016「キセイノセイキ」展。藤井光のキャプションだけで構成された展示がさまざまな想像の契機として十分な爆薬になっていた。これは良作。小泉明郎はいつもほどの切れ味はないものの、口元のアップで語らせる映像が厭らしくてエモーショナルであった。
展示は全体に「大勢の価値観と異なる意見に対する不寛容さ」「既存の価値観や社会規範を揺るがし問題提起を試みるアーティストの表現行為」についての問題提起として、展示を許されない展示と許される展示を見せるというものが多く、つまり検閲されましたという体で作品としては不完全に展示されている。その趣旨自体はわかるものの、作品として昇華されているわけではないので見ていてフラストレーションがたまる。だって検閲されてて作品としては見れないんだから。僕の体調も優れなかったせいもあるだろうけど、いまひとつかなあ。
コレクション展はなんと3階の大部分が閉鎖されていてボリュームが少ない。改装閉館前だから紙ものをたくさん出しましたという割には見覚えのあるものも多いし、どうもよろしくない。
ローソンでRAIZINとカレーパンを買い軽い昼食。
3331でポコラートの公募作品公開。体育館スペースにごっそり並んでいて、あまりの物量に目まい。体調悪いところにこれか。一種の持久戦みたいなものになるから、美術鑑賞としての喜びは薄く、早々に撤退。KIDO pressでやっていたジョン・カリン版画展はなかなかいいなと思ったがすっごく高くてびっくり。ガゴシアンなら納得だけど、いやほんと見せていただいてありがとうございます。
馴染みの豆屋さんでコーヒー豆。やあ久し振りですねとでもいうような雰囲気で変な感じだ。その後旧宅へ。ちょうど誰かの引っ越し中でドアの前まで行けた。いいマンションだったなあ。今でもここを去りたくなかった思いが強い。ここに住んでたのでなければ、東京への思いはこんなに強くはなかったろう。
シェフに開店を待ちかねる勢いで入ってビーフシチュー。10分で満席になってたからそれで正解だったようだけど、常連さんの多いこの店では目立って仕方ないなあ。料理は相変わらずおいしかった。ご主人も奥さんもお元気で。できればまた伺いたい。失敗だったのはセットにコーヒーがついてるのを失念してたこと。あんまりカフェインを気にするのもよくないけど。酸味のあるコーヒーが濃厚なドミグラスソースによく合っていた。
新宿眼科画廊で正親優哉「みどりなるもの」展。
歩いてひかりのうまへ。大久保のあたりで外国人にホテルの場所を聞かれる。wi-fiがないんでという、実感ある説明だ。ホテルの名前ではわからないながらも多分東側のあの辺りだろうと思ったらビンゴ。地図を見せたらすぐわかったようだった。よかった。道がわかりにくいので心配して様子をうかがってみたが、問題なくチェックインしてた。
ひかりのうまで穂高亜希子のライブ。ワンマンを見るほど穂高亜希子好きなわけではないしバンド編成も経験ないしと思っていたが、いやいや時々はそういう未経験のところに踏み込んでいかないとと思い直しての今日。
カウンターに見覚えあるひとがおり、とはいえどうするでもなくベトナムコーヒーを啜る。そんなところにKのYさんがフライヤーを配りに来店。向こうからすればなんでここにいるんだという感じだろうけど、そういう出会い方はいいもんです。それがきっかけで見覚えあるひととも少しお話。まさかこういう機会があるとは思ってなかったのでうれしかった。
バンドは西村卓也(b) 高橋幾郎(ds)という編成。これが非常によかった。まさにひかりのうまにふさわしい音で。そこに穂高さんのぎこちなくいびつなギターと美しい声が乗る。いい音楽だった。満員のひかりのうま、わかってるひとは見逃さないんだな。僕もその端くれになれてよかった。
ホテルへ。
昨夜の反省から風呂に入り、横になる。ベトナムコーヒーのカフェインが心配だったがなにしろ寝不足だから心配する余裕もなくぐっすり。