怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

荷風散策と井手&SAKANA

朝から仕事。
お昼になって切り上げ、サンドイッチを軽く食べて浅草へ向かう。
橋を渡って向島方面へ歩く。今日の目的は濹東綺譚の舞台になった玉の井の私娼窟跡を探索することなのだが、戦災に遭って今はその名残はほとんどないことは承知の上。それでも一度は行ってみたいというそれだけだ。
歩く道のりはいかにも区画整理された町並みなのだが、それでもところどころにやけに古い商家などがあったりしてそれなりに見ごたえはある。浅草から向島はずいぶんあるので歩けるのは片道だけになるが、やはり歩いてなんぼのもの。
しかし途中でくらっと強い眩暈がして歩けなくなり、やや汗をかきながらしばらく物にすがって立ち尽くす。通りすがりの人が不審げに見ているがそんなことにかまってられない。しばらくしてだんだん軽くなってきたので少し歩き、植込みに腰かけて休む。
この眩暈は数回起こり、その都度気分は悪くなり立ち尽くす。楽しく歩ける状態ではないのだが、せっかくだから一応は私娼窟のあたりを見て回る。玉の井といえば「ぬけられます」の札が有名だが、確かに今でも抜けられるかどうかわからないような路地はそこかしこにある。家並みはまるっきり建て替わっても、路地は残るものらしい。それにうらぶれた古いアパートなどはかつて相当に格の低かった地域性を見せるようで、こういうところも見どころではある。もっとも今住んでいる人たちにしてみたら迷惑な観光客なんだろうが。
戦後に発展したというカフェー地帯のほうに行ってみると、こちらはまだその名残も少しはあり、元々そうした商売をしていたのではと知れるような建物も目にかかる。もちろん注意していればの話で、ぱっと見はなにもわからない。
僕などはもともと街をぶらぶらしていればそれだけで楽しい人間だから、この程度の収穫でも十分楽しかった。やはり来てみるものだ。
東武線で浅草に戻る。浅草駅では後方の客車はホームからはみ出てしまうらしく、車内をぞろぞろ前方の客車まで歩いてホームに降り立つ。昔は代官山なんかもそうだったが、今でもあるんだなあ。
浅草のアサヒ・アートスクエアでは毛利悠子「感覚の観測《I/O ─ ある作曲家の部屋》の場合」という展示をやっているので、浅草方面に来たのは実はそれを絡めてのこと。展示されている作品そのものは横浜トリエンナーレで見たものと同じなのだが、展示空間を意識しながら作品をつくりあげていく毛利悠子のスタイルが展示空間の違いでどのように変化するのか計測するというのもこの企画の柱であるらしい。なので僕が見たタイミングはちょうど作品が出来上がろうかというまさにそのころで、毛利さんが「あとちょっと!あとちょっと!」と楽しそうにしてるのを見れたりもした。こういう公開製作の面白さだ。お客さんが多ければ毛利さんも緊張するのだろうが、幸いというのかあいにくというのか僕のほかは知人だけという状況らしく、リラックスした制作現場を垣間見れた。
無料なのでドネーションとして「モレモレ賽銭箱」というのがあった。こういうのも作品の一部だし、政策スケジュールが公開されているのも作品の一部。面白い。
空腹が募りバーガーキングで夕食。少し早いけど神保町試聴室に向かおうかと時間を確認すると、なんと18時半の開演。ツーマンでこれは早い。慌てて席を立つ。というのも、井手健介とSAKANAのツーマンなら結構な客入りだろうし、座って見るには早めに行かないといけないと踏んでいたから。歩き回った後でこのツーマンを立ちっぱなしで聞くのは避けたい。
行ってみると幸いまだ数席残っていたのでほっとして座り込んだ。そして井手さんのまだ持っていなかったCDRがあったのでこれも早速ゲット。何度もライブに来ていていつも品切れなのでもうダメなんじゃないかと思っていたのでこれはうれしかった。
まずSAKANAから。ライブは3年ぶりくらいだろうか。西脇さんのギターとpocopenさんのボーカルが交じりあって、これはもう珠玉の時間。試聴室の空間にもよく合う。天井の低いライブハウスより、こうしたギャラリー風の部屋がぴったりだ。
そして井手健介と母船。今日はジュネーヴの四時さんも参加で、これがうれしい。アルバムはいい作品だと思う一方で、ライブで聞きなれた自分には違和感をおぼえるところがいくつかあり、その点このジュネーヴの四時さんにはほっとさせられる。「誰でもよかったんだよね〜」と皮肉られていたけれども、僕としてはなぜアルバムで別の人を充てたのかと思うくらい。まあレーベルの都合とかあるんだろうけど。
こちらももちろん満足なライブで、こういう充実したツーマンはお金には代えられない。