怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

社会と幸福

妻が昼からライブに出かけたので、「善き人のためのソナタ」を鑑賞する。俳優の好演が光る見事な作品。
映画の中では主人公がが変わっていく過程を描きそれにまつわるサスペンスや副主人公に大半の時間が割かれているが、、おそらく本当のテーマはそこではない。
システムに組み込まれよりよい部品として生きてきた彼が芸術家の姿に触れ、自分自身を持ったことで彼は社会的な存在ではなくなり、どこの誰でもない人間に変わる。そんな彼を彼たらしめているのはただあの作戦中の追憶だけだが、しかしそれは社会の中では何の意味も持たない。おそらく後悔したこともあったろう。だがどうすることもできない。
しかし、副主人公の本が世に出たことで、彼は救われる。主人公の最後のひとことが胸にひびく。あの一言を口に出来たことで、どこの誰でもない人間に成り果てていた彼は救われたのだ。
人間は社会的な存在だ。社会の中に位置することによって初めて人間は意義を得る。だが志す意義と社会に求められる意義が違っていたら?そこにあるのは絶望だ。だが彼は死を選ばなかった。郵便配達の日常に埋もれ死人のように過ごしながらも、生きてきた。それがついに報われたのだ。