怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

ぽっかりと

さようなら

お昼は妻がライスヌードルを使った焼きそばみたいなものを作ってくれた。なかなか美味。
午後、梅田へ行きHEP NAVIOで無印良品に行ってみるが、敵もここが辛抱のしどころとでも思っているのか、例の掛け布団カバーはやはり安くなっていない。映画館は「どろろ」と「不都合な真実」が本日満席だそうだ。どろろはともかく、日本人の環境意識は大きく変わりつつあるのだろうか。今日来るYくんにとっても明るい出来事ではあるまいか。
帰途、梅田駅の構内で不審人物にからまれる。何が彼をそうさせるのか、到底理解できない。
7時半ごろYくん到着。3人でフェスタガーデンに行き夕食。ローストビーフがたまたま出ていた。ラッキー。あまり食べないのにすぐに満腹になってしまう。もったいないが、まあいいでしょう。
Yくんが古いiPodをぜひほしいということなので、あげることにする。
もとはといえば2002年の12月、クリスマスプレゼントに妻にあげたものだった。今調べたら当時の価格は47800円。ずいぶん高価だったが、それにみあうだけの妻の笑顔を見ることが出来た。妻の目を盗んでこっそり曲を取り込み、充電をして夜中に妻の枕元に置いたことが今も思い出されるし、翌朝帰省する妻がうれしそうにもって行ったことも思い出のひとつだ。
このiPodはデザインもすばらしく、私は未だにこの時代のものが最高の出来だったと思っている。白いプラスチックとつややかな鏡面、ずっしりした重量感、ホイール部と真ん中のボタン、周囲の4つのボタンが絶妙のバランスで収まっている。パッケージも真ん中から二つに割れて扉を開けると右に本体左に付属品が美しく並んでいて、これだけでひとつの芸術品だと思ったものだ。
妻も大事に、そして愛情をこめて使ってくれた。
これからYくんにぜひ大事に使ってもらいたい。
Yくんに渡すことを決めた瞬間、私の中に説明の出来ない喪失感がひろがった。そのとき気がついたのは、このiPodは音楽を聴く道具ではなく妻との歴史の一部だったのだということだった。