怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

ソエジマ・ナイト(第2夜)牧野貴 × 大友良英

上野ストアハウスというところでソエジマナイト。とりあえず上野で吉野家へ。上野駅前の吉野家というとどことなく哀愁があるような気がする。店内のテレビを見るともなく見て、客がのっそり入ってきて、そしていつのまにか消える。中島みゆきの「狼になりたい」で描かれたのとは少し違う、僕の好きな日常の一場面だ。
とことこと歩いて上野ストアハウスへ。上野といえば上野公園方面しか行ったことがないので結構新鮮。このあたりも独特の空気感があり、僕の好きな雰囲気がある。東京はあちこちに行ったようでもまだまだ知らない場所がたくさんある。
上野ストアハウスは意外にもビルの地下にあって小奇麗なところ。吉野家で浸り過ぎた僕は後ろのほうの席に着き、トイレに立ったところで牧野さんにばったり。スケジュールを見て気になっていたオーストラリアの件を話したが、本番前に長話はいけないとわかってるのにこの始末。自制心が足りない。
今日は副島輝人による「北走譚」を牧野貴が解体再構築し大友良英が音楽演奏するという催しで、僕自身はその北走譚を知らないこともあってどのようなものになるのかよくわからなかった。ただ牧野さんのステートメントでおぼろげに想像できたことは、これはただの再編集ではなく牧野貴の作品であってその素材に北走譚が指定されているということ。実際にその通りだった。
原典を知っていたらどのように感じたのかわからないが、牧野ファンとして見るならばこれは徹頭徹尾牧野貴の感覚で編まれたものであり、そこに副島輝人というオリジナルは存在しない。ように見えつつ、しかし牧野貴がこうした作品を作ることが副島輝人の遺志であったという解説を聞くと、大きな意味ではそれは副島輝人の作品でもあるのだろう。その点はまさに追悼の夜としてふさわしいものだとも思う。もっとも、僕は牧野さんの新作が見れてさらに大友さんの演奏まで聞けるのだから、そういった背景を抜きにして楽しい夜なのだけれども。
最近の牧野さんの作品上映では通例だが、これも3Dで鑑賞できるようになっており、時折3Dで時折2Dで見た。ところどころは2Dのほうがいいと思える箇所もあるし、このあたりは臨機応変。案内のイラストは葉山さんが担当しており、これがまたセンス良くて面白かった。
大友さんの演奏は爆音注意とのことだったが、満員の客席のおかげか僕の耳も大丈夫。たしか客一人あたりで1ワットの違いに相当するとか聞いたことがあるから、少し衝撃が緩和されたのかも。
演奏はもちろん演奏としてのみ聞いても面白いもので、これも高柳昌行さんの遺したカセットテープに高柳さんの遺品のギターで演奏するという趣向だった。
終演後二人のトークがあり、大友さんの場慣れした取り回しが印象的で、個人的にはそういう場慣れ感はあまり好きではないけど大友さんくらい話す機会が多いとそうなるんだろうな。
最後に質疑応答して終わり。いいイベントでした。
海外でも上映することになりそうだけど、今日の大友さんの演奏も良かったので記録してパッケージにしてもいいんじゃないかとは思った。