怠惰な日々

 *blogではありません。日記です。

紀伊半島の旅3日目

今日も早い。目が覚めてテキパキ支度して鍵を帳場に置いて宿を出る。お世話になりました。
昨日歩いたようなところをまた歩く。街はそう広がりがなく、そして寂れている。市役所だって区民センターみたいだ。こういう街で旨い店なんて志すのは難しいだろう。常連が来るか来ないか、常連が来なくなったら店は潰れるし来れば成り立つ。それしかない。どうも暗澹たる気分の連続でこの旅は続いているが、それは僕がよくひとり旅をしていた30年前と今との違いでもあるのだろう。あの頃、田舎町だってそれなりの活力はあった。小さな駅前にも飲食店があった。あの頃訪ねた街に今行ったら、違う風景が広がっているんだろう。僕は歳をとった。
この新宮では、駅の近くで見つけた2階建の小さな市営住宅に力が見えた。猥雑で勝手気儘な集合住宅には死の気配はなかった。
夜が明けた駅前のローソンでカフェオレを飲んだ。イートインのややこしいおっさんをおばさん店員が追い出している。このローソンは間違いなく生きている。
徐福公園にいちおう顔を出して電車に乗る。ホームの洗面台なんて見ると、ここが相当栄えてた時代もあるはずなんだが。
紀伊勝浦に到着。鄙びてはいるが、さすがに観光地という体裁だ。靴の底がまた外れはじめた。明日家に着くまでもってくれ。
まず港へ行ってホテル浦島の送迎船を待っていると、ほどなく亀の形をした船が来た。ちょっとおかしなレトロ感にわくわくしてくる。早起きして純喫茶バンビも諦めてここに来たのはホテル浦島のためだ。
船に乗り込んだのは僕とおばさん2人。おばさんは日帰り入浴客ではなく従業員のようだ。掃除の仕事でもするんだろう。
港に着いて船を降りると特に歓迎されるでもなくホテルに入る。通りすがりのホテルマンが応対してくれて日帰り入浴となった。ホテルマンの言葉遣いや説明のそつのなさにはいつも感心する。フェイスタオルを出す前に追加料金でバスタオルの話をするあたり、プロだなと思ってしまう。こうでなくちゃいけない。
入れる風呂は4つ、清掃が入る時間がまちまちだから順番は自ずと決まる。
しかし館内は呆れるほど広く、移動経路の脇にはカラオケボックスだの将棋台だの占い師だの土産物屋だのゲームコーナーだのコインランドリーだのが出現する。ホテルの模型だってある。泊まって探検するのもさぞ楽しかろう。面白いホテルだ。
まず磯の湯。ここは清掃時間直前だったので入るだけ。もちろん僕しかいない。濃厚な硫黄臭があり、効能は高そう。
次がお目当ての忘帰洞。ここもガラガラというか、僕のほかには2人しか見なかったし大半の時間は独り占めだった。平日の午前だからだろう、なかなかの満足度だ。洞といいつつよく見るとあちこちコンクリートだったりはするのだが、まあ大筋は洞なのだろう。洞窟で太平洋の荒波が岩飛沫をあげるのを見ながら風呂に入れば気分がいいのは当たり前だし、あの旅館の風呂よりずっといい。さっぱりする。ヒゲも剃った。どういう旅行なんだか忘れてくるから忘の字にも納得だ。
脱衣所にはひげ剃りの用意のみならず、角質を落とすとかいう化粧品も試せるし喉が渇けば水もある。至れり尽くせりだ。1000円でこれは楽しみすぎじゃないか。
今度は玄武洞。長い洞窟の先のほうが小さく海に面している。洞窟感はこちらの方が強い。湯が少し熱いので長居はできないが、海の音を聞きながら洞窟に籠る感じはなかなかいい。
最後に滝の湯。おっさんが気持ちよく歌ってるのを邪魔して悪かった。泉質はまずまず。温泉が岩肌を流れて浴槽に入るのを見ていると気持ちいいし、小ぶりな露天風呂もある。
だんだん湯疲れしてきたので終了。
ここの名物はもう一つ、スペースウォーカーとかいう長い長いエスカレーターもあって、風呂のあと行ってみたら10時で止まってしまうらしく、それだけが残念。もし今度来たら必ず乗ろう。
最後に土産物でもと思ったが、ホテル浦島グッズが見当たらなかった。作れば多少売れると思うのでご検討を。今の時代、変な亀のキャラクターなんかより、レトロロゴのほうがキャッチーだと思うんだけどな。
送迎船で港へ。帰りは僕ひとりだった。
とりあえず昼ごはんは名物の生マグロと決めているが、どこに行けばいいのか。賑わい市場とやらならウソはないだろうと思ったが、商売っ気たっぷりの土産物屋に狙われたうえに食事は小さなベンチみたいなところで食べなければならないようなので早々に退散した。港町のお店をぐるぐる回ったが決め手はない。マグロが道端に転がってるのが面白いだけ。決め手がないのも道理、値段はわかっても味はわからない。仕方ないので桂城という和食屋で上マグロ丼を食べた。1500円。いろんな部位が載ってるし、生らしくねっとりした味わい。満足。
あとは街をうろうろだが、ほどよく観光客が来ているからか、なんとかやっていけてる感じはある。どこでも売ってる那智黒は寂れてそうな店でと思って入ったところは車いすのおばあちゃんがやってる店で、飴ごときのために苦労させてしまった。
今日帰るのならマグロだのいろいろ海産物を買ってもいいのだが、明日一日持ち歩くうえにもうすぐ帰省では間が悪い。残念。
若い女性の駅員さんにしげしげと切符を見られ、得意げにまた電車に乗り込む。
なんとなく串本で降りたのだが、どう見てもつまらなさそうな駅前で、しかしただ戻るのも癪なので、これまた暇そうな土産物屋でウツボの塩揚げとやらを購入。美味しいのかな。まあまずくはないだろう。ほんとは食べ物なんかより、棚にずらりと並べてある手づくりっぽい細工物飾り物に気が行ったのだが、いいのが見当たらなかった。乗り換えのわずかな時間ではじっくり見れない。ここの親父さん、足腰が悪そうなのに、客が入ってきたらずっと立っているのが気の毒だった。座ってていいのに。
このままだと田辺に着いてしまうが、それもさびしいので手前の紀伊新庄で下車。降りたもののなんにもない。あるとも思ってないけど。国道沿いをただ歩く。二度とは歩かない道を歩くのがいいのだ。特別なものなんてなくても。
と思ったら、ブックマーケットが見えたのでもちろんチェック。フランス・ギャル「Vol.1 Laisse Tomber Les Fille」400円。
さらに歩くと妙な建物が見えてきた。派手にピカピカ光っており、宇宙船のようだ。時代的には、ちょうどスターウォーズとかそのあたりに建てられたのではないか。金の使い道に困ってた時代、建築主の趣味を存分に発揮しパチンコの集客にも貢献しただろう。今でもピカピカ光らせてるのは偉い。近所に大型店が出来ているが、なんとか頑張ってほしい。これを見ただけでも紀伊新庄で降りた甲斐があった。
大和屋という地元スーパーがあったので明日朝用にパンの売れ残りとバナナパンを買う。バナナパンはお土産だ。懐かしいし、この辺りで作ってるならお土産にもなる。パンはパン屋で買いたかったが、田辺のアルペエンというパン屋で作ってるようなので妥協した。
雨が降りだした。ここまで晴天に恵まれ、昨日今日と暖かだったのだが、降るものは仕方ない。渋々折り畳み傘を出し、歩いたところでファミマがあったので不味いファミチキを食べる。三重ではファミマはもちろんコンビニもろくに見かけなかったが、和歌山に入るとそうでもない。紀伊新庄にしたって、何もないと言いながら三重の何もなさとは大違いだ。
雨はすぐに止み、ようやく田辺に入る。安そうな旅館があるが、まあネットカフェにしておく。風呂は昼に入ったし。
田辺は何度も来たところで、なんとなくは見覚えがある。ただ駅が建て替え途中のようでその異物感に邪魔される。記憶では駅前から伸びる道は、道端で手作りの梅干しを売ってたりする鄙びたものだったが、全体的に新しくなりそんな面影はない。妻の土産もなにかいるだろうと駅前の土産物屋に入ったが、パッとしない。まあパッとしないのが土産物屋なのだが。ハチミツ梅干しというありきたりなものを買う。
ここに来たのは阪和銀行が潰れたころのことで、薄暗い支店には何度も足を運んだが、もちろん今はない。どこにあったのかも定かではないが、もしかしたらその後みずほ証券になり今また空き店舗になっているところかもしれない。新しそうな道路もできてるし、要は駅から銀行に行って駅に戻ってただけだし、たいして寄り道もしなかったからわからない。覚えているのは、八幡巻を買ったことや神社にお参りしたこと、海のほうにも行ってみたいと思ったこと。遠い遠い記憶だ。
街をでたらめに歩いてみる。でたらめといっても、街のつくりというのはある程度似通ってくるものだから、それなりに狙いどおりの道を歩くことができる。
商店が連なっている通り、住宅街、お屋敷、長屋の目立つ地域。もう暗くなっている見知らぬ道を歩き続ける。
駅の近くには飲食街があり、昔からあったものに違いないのだが、当時はまるで知らなかった。細い路地が縦横に延びる、なかなか魅力的な路地だ。そして金曜の夜だからでもあるだろうが、意外にも活気がある。やはりこの路地の魅力というのもあるのだろう。
その外れにある福福という中華屋に入った。
カウンターに先客が2名、ひとりで飲み食いはできる雰囲気だが、観光客が来る店ではないから微妙な雰囲気。うずら卵の醤油漬けと餃子と塩ラーメン。おいしかったが、もう少しさばけたお店であればよかったかな。その近くのとっくりという居酒屋が繁盛してそうだったのだが、入りにくい店はやめとくに限る。
田辺はバラエティに富んだ街並みで適度に広がりもあって歩くのにいい街だった。来たことがあるだけに予想外だった。
ネットカフェへ歩き始める。ネットカフェは町外れの街道沿いにあり、結構遠い。雨もまた降りだした。しかし途中の道のりがまた案外いいもので、横尾さんが見たら興奮しそうなY字路もあって、晴れてればもっとと思わざるを得ない。
しばらく歩いてコミックバスターに到着。見るからにしょぼいネットカフェで、マンガは多いが雑誌は少ない。しかもカウンターの目の前にあるから取りにくいし、禁煙と喫煙は分かれてないし、ネットのコンテンツも微妙。それでいて安くはない。競合店がいないとこんなもんなのだろう。それとも、この辺りの人口密度では投資資金も厳しいのか。
ガラガラだから静かでいいが、やけに乱暴な客がうるさく、それでもあっという間に就寝。